フォルクスワーゲンのパーツ一覧|パーツ・エアロ・マフラー通販ならパーツプロジェクト

利用規約・プライバシーポリシー

特定商取引法

ログイン
ログイン
Myページ
新規会員登録
カートを見る
お詫び文章
見出し

フォルクスワーゲンのパーツ一覧

下線

フォルクスワーゲンのパーツ一覧について

フォルクスワーゲンは、ドイツを代表する自動車メーカーの1つです。しかし、1937年の設立当時は、ナチス政権下の国策企業という位置づけでした。Volkswagenという社名を日本語に直訳すると「国民の車」という意味になります。実はこの社名は、第二次世界大戦以前の1934年に、かの独裁者アドルフ・ヒトラーが、ベルリンモーターショーにおいて打ち出した「フォルクスワーゲン計画」に由来します。この計画に基づき、フェルディナント・ポルシェが小型車を開発設計し、1936年に試作車第一号を、1938年に完成品を発表したのが、フォルクスワーゲンの始まりとなっています。この時に発表されたのは後のタイプ1となる車ですが、ヒトラーは当初この車を国民車という意味で「フォルクスワーゲン」呼んでいました。その後、「ナチス政権下の国民車」という意味を強調するために、KdF-Wagenと名付け、この生産に当たるために、1937年5月にフォルクスワーゲン準備会社を設立。1938年9月には、フォルクスワーゲン製造会社という名前に変更しました。敗戦後は連合軍の統治下におかれたドイツでしたが、幸いにもKdFの工場の管理者となったのが、ドイツ人の優れた労働力とこの工場の重要性をよく理解していたイギリス軍少佐アイヴァン・ハーストでした。そのおかげで、工場は撤去を免れ復興を果たすことができたのです。彼は占領軍における管理者という立場ながら、販売網の整備や品質管理、サービスに至るまで、その後のフォルクスワーゲンの基礎となる部分を作り上げた功労者でもあります。当時の主力モデル「タイプ1」は、その耐久性と経済性に加え、アフターサービスの優秀さが注目され、広く世界から支持されるようになりました。タイプ1は「ビートル」という愛称を付けられ、長きに渡り親しまれるようになります。しかし、ビートルの大成功は、その後継車種の開発の妨げとなったことも否めません。リアエンジン方式から前輪駆動式への変更が遅れ、なかなか決定打が出ない時期が長く続きましたが、小型のハッチバックタイプ前輪駆動車「ゴルフ」が登場したことにより、長い低迷時代は終わりを告げました。スペースを効率的に活かした、小回りの利く大衆車を誕生させたことで、フォルクスワーゲンはヨーロッパにおいてその地位をゆるぎないものとしたのです。